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中継現場で岐路に立つ実況アナウンサー。その名人芸がライバルAIの餌食にならないように、ここでその弱点と改善策を指摘します。心して読むべし。
【スポーツ実況を徹底解剖する】
さて、実況って何でしょうね。ここに実際のラジオ実況を文字起こししました。
『、、、甲子園、阪神巨人は6回表、同点で1アウト2・3塁、4番掛布、ボール2から江川が3球目を投げた、インハイ直球打った、いい当たり、センター前ヒット、ランナー2人かえって3対1、阪神勝ち越し!さすが掛布、狙い通りのバッティング、見事なタイムリーにタイガースファンが興奮状態。村山さん!バッテリーの配球ミスじゃないですか?』登場した掛布、江川、村山、ちょっとレトロで恐縮です。
さて、この実況を文法的に説明すると、客観表現と主観表現が簡潔な体言止めになっています。まず前半の「甲子園、、、、、阪神勝ち越し!」までが客観表現。「さすが掛布、、、、、配球ミスじゃないですか?」までが主観表現です。客観部分は100%客観データだから、AIはパーフェクトに実況します。主観部分は、100人いたら100人全てのアナウンサーが違う表現をします。だから的確でインパクトのある表現もあるし、的外れの表現ミスもあります。
お分かりでしょうか、主観は個性です。だからAIが感情を交えた個性を持った実況をしたらどうでしょう?ロボットが独自の実況スタイルで喋ってもなんら問題はありません。その内、違和感が消えて「これもいいねえ」とリスナーが納得するようになる。その時が、人間がロボットに下野する日かもしれません。googleは対話型AIを急ピッチで普及させているから、実況ロボット・解説者の名コンビが誕生するかもしれない。だって「球は転々外野の塀、、、」「前畑ガンバレ、前畑ガンバレ」なんていう伝説の名調子だって、いま聞いたら陳腐で思わず笑ってしまうでしょう?でも日本のラジオ実況は、紛れもなくこの黎明期から始まって進化した。だからAIも必ず進化するはずです。
【番組予算カットとコンプライアンス】
基本的な話に戻りましょう。なぜいま、実況中継にロボットを導入するのでしょうか。理由は明白、番組予算と労務問題です。人気コンテンツのスポーツ中継は制作費が高過ぎるのでスポンサーが敬遠してしまう。劣悪な放送環境と過酷な時間外労働はコンプライアンス違反になる。これを解消するには、放送現場から生身の人間を排除して機械を導入し、人件費をカットすれば、制作費も労務違反も解消するという経営論理です。
番組スポンサーに振り回されないはずの公共放送でさえ、BSやラジオの放送波を減らして制作予算を削ることが政府からの厳命になっているご時世です。まあ、悔しいけど、抗えない現実と負のメリットがあります。機械化ってそういうことなんです。
【なぜ人間は叫ぶのだろうか?】
実況側にも反省点があります。それはアナウンサーの語彙力の低下です。東京ドームが完成してから35年になりますが、全天候型多目的スタジアム(domed stadium)=ドーム球場が日本に誕生してから実況アナが俄然、絶叫するようになりました。理由はドームが閉鎖空間だから。空の明暗、風の向きと強さ、温度、湿度などの空気感。ドーム中継で天気の描写は100%ありません。
東京ドームで喋るアナウンサーの言葉のバリエーションは、甲子園の5分の1と言われています。確かに「茜色に染まる夕暮れの甲子園、浜風が爽やかに吹き抜けます、、、」なんていう気象用語てんこ盛りの珠玉のフレーズはドームでは通用しない。そうなると実況アナは、ゲームを必死に盛り上げるために声を張りあげるしかない、必要以上にテンションを上げた「煽る」喋りになってしまいます。自己弁護になるかもしれませんが仕方がないことです。
だから、これからは終始お祭りムードの「ワッショイ中継」を止めて、語彙を増やして表現力を磨いて欲しい。心に響く優しい放送スタイルにしないといけないね。ラジオだけではありません。TVの中継画面も、うるさい程の大量の文字データが邪魔をして肝心のプレーが見えにくいと思いませんか。あ~うっとうしい。親切の押し付けが逆効果になっている典型だね。
【3つのお願い】
では時流に取り残されないためには何をすべきでしょうか、とても大切なテーマです。私からの提言は簡単で明瞭です。色褪せて陳腐になった「男性型」実況スタイルから脱却して、新感覚のスタイルに変えるのです。
1つは女性の多用です。女性の実況アナウンサーをもっと起用して、女性感覚でもっと上品な空気感を演出する「女性型」実況スタイルをつくる。
2つ目は現場目線です。引退した選手や他競技のアスリート、さらには元審判員を実況アナに起用して、フィールド上の勝負のキモ感を訴えます。
3つ目はセッションです。短い実況はAIに任せて、2人のライバル解説者が、その日の監督采配や選手心理を辛辣に批評します。
いずれも3つの提案は、過去、実験的に採用されたことがありましたが、残念ながらどれも話題作り先行で不真面目でした。ダシにされた挑戦者たちは、一過性のチンドン屋で消滅してしまったのです。かわいそうに、とても日本のスポーツ実況の将来を見据えた「本気」とは思えませんでしたね。だからこそこれを機に、真面目なチャレンジに大胆に取り組むべきです。、、、手遅れにならないうちに。
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