【KJ染谷】『このままロボットにナメられてはイカン』

今年からMLBはピッチクロック(pitch clock)を導入します。さらに来年からはABS(Automated Ball Strike System)が導入されます。ピッチクロックは投球間隔を縮めて試合時間の短縮を狙ったルール、ABSはAIがボールとストライクを判定する「ロボット審判」です。事の良し悪しと賛否は別として、まあよくも、こんな悪魔の所業を次から次へとメジャーは考えつくのかと感心します。いずれこの制度は日本球界にも導入されるはずです。

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W杯カタール大会がAIの命運

賛成派にとって決定的な追い風はW杯カタール大会でしょうね。日本が決勝トーナメントに進出したスペイン戦の決勝点アシスト。三苫のゴールラインスレスレの「奇跡の1ミリアシスト」は、真上のトラッキングカメラからVTRを3D分析しないと分かりませんでした。だからある意味、日本はAIに助けてもらったと言っていいゴールだった。でも逆に反対派にとっては、AIが苦手とする厳格な「オフサイド判定」でエクアドルの幻のW杯初ゴールが成立しなかったことを挙げると思う。だってFIFAが3年かけて開発したシステムを厳格にプレーに反映してしまうと、ほとんどの試合で大量のオフサイドが発生することになるんですから。それにTV画面でAI判定を説明するのに、選手を3Dアニメ化してVTRで再現する手法も嫌いだね。これじゃあ国旗を着けたアバターがゲーセンで戦っていると変わらない。命を賭けた真剣勝負をアニメで茶化さないでほしい。

語り継がれる疑惑の大ファウル

話を野球に戻すと、メジャーのチャレンジ制度から始まったVTR判定は審判員の存在意義を大きく揺るがしたと言えます。日本でも審判が下したアウトセーフを監督の「異議あり!」で覆るケースが常態化しています。結果的に誤審は誤審なんだけど、ただこれって審判の技術力が低下したからなんだろうか。いや違うと思う。

私が実況した90年の東京ドームのGS開幕戦を思い出す。篠塚が右翼ポール際に打った大ファウルを塁審はホームランと誤審した。TV中継の「非公式なVTR映像」は誰が見ても明らかなファウルだったけど判定は覆らない。打たれた内藤は泣いて抗議したけど野村監督は「やっぱりな、審判も巨人のユニフォーム着てるからな」と吐き捨てるしかなかった。この試合が審判を従来の6人から4人に削減した初めての試合で、本来なら右翼線審がジャッジしなければいけない職務を、不慣れな一塁塁審が判定したのが原因だったから、極めて分かりやすい。つまりこれが人間の判断力の限界だってことです。

後日、私の対談番組で、当事者の篠塚は「あれでゲームがすごく盛り上がったでしょう」と笑い、内藤は「おかげで辞めてから仕事が増えました」と喜んでいた。実況席は異常に興奮し、怒ったヤクルトファンは大ブーイング、TV局の抗議電話はジャンジャン鳴り、翌日のスポーツ紙はこぞって批判の嵐だった。そう、でも当事者同士の心境って意外に単純でこんなもんなんです。ただ一人、ノムさんだけが空気を読んで上手にコメントしてくれましたね。「だからって機械に判定させたらダメだぞ。機械だって完全じゃないだろう?どうせ誤審されるなら、、、オレは人間の審判に誤審された方が納得するよ」さすがノムさんの名言だね。

ロボット判定に対抗策

たとえボール・ストライクの判定誤差が6.35ミリ以内のABSだって絶対じゃない。完璧なんてあり得ないんです。事実、マイナーリーグの実験では、天候によって精度が低下して誤審が多発したケースが報告されている。しかも判定時間が恐ろしく遅い。だってAI判定を聞いて球審がコールするんだから。そこで私は姑息な対抗策を提案したい。

①球審に「もっと早くジャッジしろ」と何度も催促したらいい。②土を蹴ってホームプレート上に埃を舞い上がらせたらどうか。③打席で極端なクラウチングとクローズドスタンスを繰り返す。これ全部ABSカメラの精度を下げるための意地悪なテクニックだが、選手が時々予測のつかない確率の低いプレーをするのも手だ。いっそ選手会と労組は「ロボット審判を監視するロボットの導入」をコミッショナーに要求すると面白い。中継TV局は「今日の主審とロボットの誤審率」をスコア画面に出して、時々、球審の言い訳と愚痴をライブで流すといい。

野球ファンが惚れ込んだ名物審判

ああ、それにしてもパ・リーグ審判の露崎元弥さんが懐かしい。素晴らしく楽しい人だった。打者がチャンスに絶好球を見逃すと、見逃し三振のジャッジを相手ベンチまで踊りながら行って「ストラッキー!」と大声でコールしたボクサー出身のアンパイアです。当然、スタンドもベンチも「やられたっ」と大笑いです。就任当時、露崎さんは奇声を上げるオーバーアクションの変人と蔑視されていたんですが、審判技術は一流だった。その人柄と野球に対する熱意が子供から女性まで伝わって、「露崎さんが球審の試合はいつですか?」って連盟に問い合わせ電話がかかってきて、ついには日本中の野球ファンを魅了していったんです。実は私も川崎球場で試合後に、この伝説の審判員のサインをもらう行列に並んだもんです。ひょっとしたら自分は、露崎さんのショーマンシップに憧れて野球とボクシングの実況アナになったのかも知れない。

だから石頭のABSよ!悔しかったら、野球ファンが「明日もぜったい球場に来るぞ」と唸るような、エキサイティングなジャッジをしてみろ。

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この記事を書いた人

KJ染谷のアバター KJ染谷 アナウンスプロダクション染谷 代表

ラジオ日本で編成局アナウンス部長。独立してアナウンスプロダクション染谷で代表に。これまで日米野球、ラグビー、箱根駅伝、ボクシング世界戦、NFL、五輪中継などスポーツ実況を40年担当。プロ野球最長試合実況日本記録を持つ。日本歌謡大賞と横浜音楽祭ではラジオ総合進行を務め、ハワイ向け音楽ワイド番組のDJも担当した。併せて長年、スポーツ界の舞台裏と500人を超えるトップアスリートを単独取材して大手出版社に出稿した。執筆の信条は「大胆にして繊細」高校では野球部の捕手だったが、大胆過ぎた配球で甲子園は夢に終わった。

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