8杯目の肴 6回にゲームは動く!~ “クーリングタイム” 10分間の攻防~
実体験に根差した教訓。それが ”格言” となる
“野球は2アウトから!” “代わった野手のところに打球が飛ぶ” “相手の捕手には打たせるな!” など野球にまつわる格言は枚挙にいとまがない。店主も、先人たちが教えとして残して下さったこれらのフレーズを、中継の中で何度も使わせて頂いた口である。そんな “格言” の一つ、 “6回にゲームは動く” という金言が、この夏、散見された。現場では、ご一緒させて頂いた解説の方々がご自身の監督経験からのお話として直に伺った。また自分の登板日以外でも、自宅にてTV観戦中に語られるのを幾度となく耳にした。いや、実は去年、店主はその教えに接していた。甲子園出場にチームを導かれた元監督さんのコメント。真夏の太陽で焦がされたグラウンドに陽炎が立ち上る酷暑の中での一戦を中継した昼下がり、そのフレーズは強く印象に残った。
昨年、ご一緒させていただいた、ある解説の方が、 “ゲームは6回に動くことが多いんですよ” と両軍一歩も引かない、拮抗した息詰まる展開の中で、後半戦のポイントとして挙げられた。 “それは何故ですか?” 店主の問いに、 “以前は、クーリングタイムはなかったんですけど、5回が終わるとグラウンド整備が入るでしょ。整備中は両校ナインがベンチに戻る。そのインターバルの間に監督は、ゲームに入り込んで熱くなった気持ちをクールダウンさせて、冷静に前半を振り返り、ゲーム後半の戦略を立てる事が出来る。また、傾きかけた流れがこの休憩中に一旦リセットされる効果もあるんですよ。更に、今年からクーリングタイムが導入された。この10分間は、ゲームの後半戦を大きく左右する10分間だと私は思います” 果たしてその言葉の通り。店主が実況を担当したゲームは6回に大きな展開を迎える事となった。詳細は控えるが、名伯楽の豊富なご経験から導き出されたコメントに、深く感銘を受けた記憶がある。
クーリングタイムって?
ところで、このクーリングタイムというワード。高校野球ファンの方にはお馴染みのレギュレーションなのだが、 “なんぞや?” という皆様に簡単にご説明を。年々、厳しさを増している夏の暑さ対策の一環として2023年の選手権大会から導入された。5回終了後の10分間、送風機や冷房が設置されたベンチ裏で体を冷やしたり、水分を補給したりするために設けられた時間の事。
格言を紐解く
さてさて、閑話休題。前述の格言『6回にゲームは動く』。これを今年の西東京大会で数字に当てはめてみた。2024年。参加校131、出場チーム数124で合計123試合の熱戦が7月7日から7月28日にわたって繰り広げられた。『6回に』というお話なので、そのまま6回に点数の入ったゲームにフォーカスした。5回でコールドゲームになった23試合を除く100試合で、6回の表裏で得点が入ったのが54試合。割合で言うと54%。つまり。6回以降にゲームのイニングが進んだ場合、実に半数以上の試合で6回に動きがある、という結果が弾き出された。数字で見れば『半分か』と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、現場で指揮を執っている監督さんの肌感覚からすれば、ほぼ毎試合、この強烈な ”うねり” を覚悟しながら臨まなければならない。さらに上記の54試合中、同点から、若しくはビハインドチームが得点したケースは30試合。55.6%という結果となった。リードしていても、一度相手のスイッチが入ってしまったら、畳みかけられ猛攻に晒される怖さが付きまとう。極めてシビアでヘビーな現実に高確率で直面するハードな統計と言えるだろう。
クーリングタイムで流れに変化?
なぜゲームが動くのか?店主なりに想像力を可能な限り逞しくして考えた。先述した解説の方のコメントの中で、“流れをリセットできる” という点に着目。“守備からリズムを作って攻撃に繋げたい” と言われる監督さんは多い。それは、敵軍の攻撃をテンポよく退け、そのリズムを保ったまま自軍の攻めに転ずる事を指す。安打や四球で走者を出せたら、バントや盗塁、ヒットエンドランなどで進塁させチャンスの拡大を図り得点に結びつけていく。この一連の事象が “ゲームの流れ” という言葉で表現されているのだと思う。こうして得点機を継続させることで相手チームのディフェンスは我慢の限界を超え、ついに失点、攻撃側からすると得点がもたらされる。前半でこの波を巧く捕まえられた方がリードを保っている図式になる。その流れが、クーリングタイムで一旦止まる。それを逆手に取ればビハインドチームの指揮官にとっては死中に活を見出す好機と捉える10分間となる。相手投手のどのボールに苦しめられていたのか?では後半で攻略の糸口をどこに定めるのか?球種なのか?コースなのか?高低なのか?狙い球を絞って選手全員が同じビジョンを共有できるよう指示を出す。守備的側面では、ポジショニングのズレを修正する。あるいは自軍の投手に相手チームで一番タイミングが合っているのは誰か?それを見極めて配球を練り直す。奏功すれば流れを引き戻す大きなプレーに結びつく。一つのきっかけで全く予想だにしない事が起きるのも高校野球。こうして、自分たちに流れを呼び込む策を講ずる時間となる。
一方、リードしているチームも、流れを止めないために何が必要かを見定めるシンキングタイムとなる。リズムを崩さないよう同じ攻撃を継続するのか?相手の出方によって対応を変えるのか?一手一手、敵陣の差し手を読みながら、何通りもある対処法を頭の中でシミュレートして最善策を導き出す。ゲームが止まっている間も両校の攻防は続いているのだ。この ”せめぎ合い” こそが、ゲーム後半戦の行方を大きく左右するクーリングタイム最大のミッションとなる。今後、 “クーリングタイムの攻防” が高校野球中継の中で大きくクローズアップされていくのかもしれない。両校指揮官の腹の探り合い、というのも野球ファンにとってはゲームを楽しむ上での醍醐味となっているのだから。
クーリングタイムを制する者、ゲームを制す?
夏の猛暑は年々厳しさ、否、激しさを増している。試合前取材で監督さんに “夏の大会までの間、特にどんな点にフォーカスを当てて調整してきましたか?“ と伺うと、以前は、”バッティングに時間を割きました“ とか ”守備力強化に重きを置いてきました“ といった技術的なコメントを頂くケースがほとんどだった。だが。ここ2~3年は、”とにかく暑さ対策ですよ。夏が非常に暑くなってしまったので、体力をいかに回復させるか、投手も一人だけでは難しいので、2人目、3人目の育成、そういった夏を乗り切るための暑さ対策にポイントを置いています“ と答えられる監督さんが増えてきたように感じる。甲子園の土を踏むためには、相手との戦いの前に、暑さを乗り切る術を身につけなくてはならない。
そんな中導入されたクーリングタイム。歴戦の名監督が培った経験に基づく金言を、より具現化する形で高校野球のこれからに一石を投じた制度。試合展開に大きな影響力をもたらすことは最早、避けられない状況と言える。クーリングタイムを有効に使い、ゲームの前半戦を整理して後半の展開を読み解く。心も体もクールダウンして、特にビハインドチームには悪い流れを一度断ち切れる好機ともなる。そして6回からの4イニングを “新たな試合” と捉えてリスタート出来るチームは5回までの優勢、劣勢を問わず、大きなうねりを呼び込んで勝利を手繰り寄せる術を得るのだ、と改めて思い知らされた店主だった。 “クーリングタイムを制する者、ゲームを制す” そこまで言い切るのは少々乱暴な気もするが、10分間の攻防が試合の分岐点となる。それは先に示した数字が雄弁に物語っているようにも思えるのだが…。皆さんは、どうお感じになられるだろうか?
8月7日に開幕を迎えた第106回全国高等学校野球選手権。コールドゲームがない聖地での試合。必ず訪れる6回以降の戦い。語り継がれるであろう終盤のドラマに、一喜一憂の夏が始まる。そのいくつかは、クーリングタイムが生み出すものになるのかもしれない。10分間の攻防に、その結末は委ねられている。
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