【相原ユタカ】ボクの愛した裏サッカー⑨ ~現品支給の日当~

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【相原ユタカ】ボクの愛した裏サッカー⑧ ~余所行きのトレーニング~

ウガンダで、あるチームに練習生として参加していた頃のお話。

貧乏チームだった為に、最初から“給料はまともに払えないよ”って言われてたんです。ただ、契約内容として『お昼ご飯』と『日当』は出してくれるって話だったんです。ボクとしては“ウガンダリーグでプレーをした”って言う事実が欲しかったんでその条件でももろ手を挙げて“やりまっせ”って言いました。

人間の慣れって恐ろしいもんですわ。

最初は見慣れぬアジア人が練習で素敵なパスを出してくれる。チームのみんなもスタッフも“きっとコイツがチームを救う”なんて思ってくれてたんですね。それが、書類上の問題でなかなか契約がっできなかったんです。

するとどうでしょう。最初は貧乏なりにお金をくれてたんですけど、徐々に日当とお昼御飯が出にくくなってきたんです。

それがボクだけじゃないのが気持ち的な唯一の救いですかね。ボクはまだ契約をしてなかったくせに、人一倍うるさかったから、ギリギリでも出してもらってたんですけど、チームメイトの数人もお金が出て来なくなってきましてね。ホラ、チーム貧乏ですから・・・

とある日の練習後。

チームのスタッフがやってきてみんなに何やら配るんです。なんか棒みたいのを。

ん???

なんだありゃ???

なんとサトウキビ・・・

まさか、日当の代わりがサトウキビ・・・

現物支給って言うんですかね?チーム、サトウキビ関係ないのにサトウキビ。しかも、ボクは外国人だから、みんなが1本のところ、2本もらいまして。

いや、そんな要らねえし。

グランドの端っこでサトウキビをシュガシュガ噛んでるんですよ。嗚呼、情けない。しかも、2本分。全ての歯の間にサトウキビのスジが挟まりましたもんね。

外国人に対する、2本くれるというあの気遣いにより、サトウキビ2本をたいらげるというのは、ボクにとってフィジカルトレーニングに等しいものになりました。

そしてボクはあの日、絶対金持ちになってやると歯に挟まったサトウキビに誓いました。

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この記事を書いた人

相原 ユタカのアバター 相原 ユタカ タイプロフットサルクラブ オーナー兼選手

2003年タイでプロキャリアをスタート。日本で一番面白いサッカー人を目指し、サッカーで痛い目に合うためその後バングラデシュとウガンダリーグでプレー。その後2009年からタイのシラチャにて日本人向けサッカースクール、ユタカフットボールアカデミー設立。自身も左手に障がいを持っているため同じような子供たちに夢を与えるため2011年からタイのろう学校でサッカーを指導。2019年からは恐らく世界初となる障がい者が活躍するプロフットサルクラブを設立。現在タイのプロフットサル2部リーグにてオーナー兼選手として奮闘中。

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