どうもレインです!
3年ぶりの日本グランプリまであと2週間ほどですね〜!
徐々にGP期間中のイベント情報が明らかになり、先日角田選手の来年の契約更新も決まるなど、盛り上がって来た感じがします。
そして次戦シンガポールGP次第ではありますが、今回の日本グランプリはなんと11年ぶりにドライバーズチャンピオン決定戦となる可能性があるんです。
そこで今回は、過去に鈴鹿で行われた日本GPでドライバーズタイトルが決定したレースを振り返ってみたいと思います。
これをみて是非鈴鹿で繰り広げられてきた熱戦の歴史をおさらいしておきましょう!
タイトル決定回数単独1位の可能性がある今回の日本GP
近年は開催数の増加によりタイトル決定戦となることが減ってしまった日本GPですが、過去には長らく最終戦、もしくはその1〜2戦前に組み込まれていたことからイタリアのモンツァと並び、歴代最多のドライバーズタイトル決定回数となっています。(富士開催含む)
1 | 12回 | イタリアGP(モンツァ) | 1950,1956,1960,1961,1963,1968,1969,1972,1973,1975,1978,1979 |
12回 | 日本GP (富士、鈴鹿) | 1976,1987,1988,1989,1990,1991,1996,1998,1999,2000,2003,2011 | |
3 | 8回 | アメリカGP(多数) | 1959,1970,1974,1977,1981,1982,2015,2019 |
4 | 6回 | ブラジルGP(インテルラゴス) | 2005,2006,2007,2008,2009,2012 |
5 | 5回 | メキシコGP(エルマノスロドリゲス) | 1964,1967,1968,2017,2018 |
つまり、今年の日本GPでフェルスタッペンの王座が決まれば、日本はF1の長い歴史において「チャンピオンが決まった回数が最も多い場所」になるんです。
上記の表の通り、これまで日本でドライバーズチャンピオンが決まった回数は12回。
うち鈴鹿でタイトルが決まったレースは11回あります。
今回はそれらのレースを振り返って行きたいと思います。
鈴鹿でドライバーズタイトルが決まったレース
1987年
鈴鹿サーキットでのF1初開催。
ウイリアムズホンダのネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルがタイトルを争っていたが、予選でマンセルが大クラッシュにより負傷。
マンセルは決勝レース欠場を余儀なくされたため自動的にピケの3度目のタイトルが決定。
レースではフェラーリのゲルハルト・ベルガーが優勝。
長く優勝から遠ざかっていたフェラーリにとっては2年ぶりの勝利だった。
1988年
マクラーレンホンダのアイルトン・セナ、アラン・プロストがシーズンを席巻し、日本GPまでに14戦13勝。
レースではPPのセナがスタートに失敗して順位を落とすも追い上げを見せ、レース中盤にはプロストを抜きトップに。
セナがそのまま優勝し、自身初のタイトルを決めた。
1989年
セナとプロストの確執問題が浮き彫りとなったこの年も二人の熾烈なタイトル争いが進行。
チャンピオン決定の可能性があった鈴鹿では、レース終盤のシケインで2位のセナがトップのプロストをオーバーテイクしようとした際に2台が交錯し接触。
この事故でプロストがリタイア、セナは走り続けそのまま優勝するもこの事故を巡って失格となってしまい優勝はベネトンのアレッサンドロ・ナニーニの手に。
セナの失格によりプロストの3度目のタイトルが決まった。
1990年
3年連続のセナプロによるチャンピオン決定戦。
スタートでPPのセナが出遅れプロストが前に出るが、1コーナーでセナがプロストのインに飛び込み2台は接触。
両者リタイアとなりセナのタイトルが決定した。
2年連続の接触よるタイトル決定はセナプロ対決の象徴的なシーンとして現在も語り継がれる。
レースはベネトンのピケが優勝。
鈴木亜久里が3位に入り、日本人で初めてF1の表彰台に登った。
1991年
セナ、マンセルによるチャンピオン争い決定戦。
マンセルが序盤、1コーナーでコースアウトしリタイア。
これによりトップを走行していたセナはレース中に3度目のタイトルが決定し、最終ラップにはチームメイトのベルガーに優勝を譲った。
1996年
ウイリアムズのデーモン・ヒル、ジャック・ビルヌーブの二人によるタイトル決定戦となった。
レース中盤にビルヌーブがトラブルによりリタイアしたため、ヒルが自身初のチャンピオンを獲得し、レースでも優勝。
1998年
マクラーレンのミカ・ハッキネン、フェラーリのミハエル・シューマッハによるタイトル争いが行われていたこの年は、ポールを獲得したシューマッハがスタート前にストールしてしまい、最後尾に沈んでしまう波乱が発生。
優位にたったハッキネンが優勝し自身初のタイトルを決めた。
2000年
予選からタイトルを争うシューマッハとハッキネンの激しいポール争いが繰り広げられ、シューマッハが3年連続ポールを獲得。
決勝のスタートではハッキネンがトップに立つが、ピット戦略で逆転したシューマッハが優勝し、フェラーリ移籍後初のドライバーズタイトルを獲得した。
2003年
シューマッハとマクラーレンのキミ・ライコネンによるタイトル決定戦。
予選では天候による波乱でシューマッハが14番手に沈むも、レースでは挽回し8位でポイントを積み上げ4年連続王者を確定させた。
レースはフェラーリのルーベンス・バリチェロが優勝。
2011年
チャンピオンシップを優位に進めていたレッドブルのセバスチャン・ベッテルが3位に入り、2度年連続のドライバーズタイトルを確定した。
優勝は鈴鹿初制覇となったマクラーレンのジェンソン・バトン。
まとめ
今回は鈴鹿でドライバーズチャンピオンが決まったレースを紹介しました!
今年は久々にタイトル決定戦となることが濃厚なのでより一層楽しみな日本GPとなりそうですね!
それではまたF1を面白く見るための雑学などをお送りします!
コメント