【相原ユタカ】ボクの愛した裏サッカー⑩ ~地方遠征の悲劇~

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言葉って大事ですよね。

人に伝えるって大事ですよね。

タイに来たばかりの頃、尖っていたボクはサッカーが通じりゃ言葉なんて通じなくても!なんてタイの地に唾を吐いて過ごしてたもんです。

とは言え、それなりに話せないとチームの輪に入れてもらえないので独学で学んだんですが、当時のボクのタイ語能力なんて赤ちゃんでいうと、寝返りうてた程度でして。

そんなボクが地方の遠征に行くことになりまして。遠征って言ってもどこに行くかとかよくわかってないボクは目隠しをされていないだけで、電波少年的地方遠征なワケで。

夕方くらいにクラブの練習場を出発したボクは“夜に到着して一晩寝て朝から試合かな~”なんて夢膨らませてました。

さすが地方遠征、バスもいつもより大きい!なんて浮かれ気分でじっくりコトコトバスに揺られること12時間。

12時間!!!

だからバスが大きかったんだ!

コンタクトレンズだったボクの目はバッキバキで会場に到着。会場でゆっくり休んで試合して、その日はどこかのホテルに泊まれるのかな?タイでホテルに泊まれるなんて。すべてが初体験だったから帰りの12時間のことは忘れてウキウキ気分ですよ。

試合が終わりホテルへ移動。チームメイトにどこに泊まるの?って聞いたら“スクーン”って言うのよ。タイ語の本を見たら“ホテル”は“ロングレム”。スクーンなんてタイ語。出てこない。

ここでタイ語のお勉強です。タイはLの発音をしなかったりNとして読んだりするのです。そして、選手たちはボクに英語で泊まる場所を説明してくれてました。だからスクーンの最後の文字はL。お気づきですか?スクーンはスクールだったんです。

はい、地元の小学校の教室で雑魚寝でした。。

ガーナ人のベンジャミンは怒ってましたね。小学生だって学校で寝ねえぞって、アイツにしちゃ至極まともな主張をしてましたよね。

語学力のなさにより、一晩バスで明かす事も分からず、学校に泊まることも知らされず。

知ったところで結局何も変わりませんが、心構えっつーもんができたはず。

言葉って大事ですね。

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この記事を書いた人

相原 ユタカのアバター 相原 ユタカ タイプロフットサルクラブ オーナー兼選手

2003年タイでプロキャリアをスタート。日本で一番面白いサッカー人を目指し、サッカーで痛い目に合うためその後バングラデシュとウガンダリーグでプレー。その後2009年からタイのシラチャにて日本人向けサッカースクール、ユタカフットボールアカデミー設立。自身も左手に障がいを持っているため同じような子供たちに夢を与えるため2011年からタイのろう学校でサッカーを指導。2019年からは恐らく世界初となる障がい者が活躍するプロフットサルクラブを設立。現在タイのプロフットサル2部リーグにてオーナー兼選手として奮闘中。

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