(敬称略)
2022年度の世界卓球が中国・成都にて開催された。
日本男子は予選リーグを順調に勝ち進み、準決勝にて目下の大敵・中国と対戦。
筆者は来賓の招待席から固唾を飲んでこの試合を見守っていた。会場と観客席の間にある距離も、会場の熱気や選手たちの纏う闘気がそれを感じさせない。場面は準決勝、しかしこの試合は地上最強を決めるプライドを賭けた大一番のように盛り上がりを見せ、中国の応援団の声にも魂がこもる。今、まさに卓球界の頂を決める場所にいる。この席を用意してくれた中国の友人に深く感謝し、雰囲気を噛みしめながら、必ずこの試合を見届けることを自宅からYoutubeで観戦していた。
日本はオーダーの3人がみな全日本チャンピオンである一方、普段なら全員が世界チャンピオンな中国の布陣であるところを、王楚欽(Wang Chuqin/当時世界ランキング11位)が2点起用されている。王楚欽は謂わば「次代のエース」というべき若手左腕で、層があまりにも厚い中国NTにしても言ってしまえば「穴」になりうるポイント。勿論ながら中国外で王楚欽に安定して勝てる選手の方が圧倒的に少ないことは言うまでもない。中国国内では10番目でも、他の国の1番手より圧倒的に強いなんてのはよくある話。
以前の中国であればこの枠は許昕(Xu Xin/世界ランキング最高1位)や馬龍(Ma Long/世界ランキング最高1位、世界卓球個人3連覇)が戦列に入り、空いた枠を若手からでは林高遠(Lin Gaoyuan/当時世界ランキング12位)、梁靖崑(Liang Jingkun/当時世界ランキング3位)が選ばれることが多かった。そのポジションをこの途上(?)の選手に与えるだけでなく2点起用したことは、この試合が彼を扱う首脳陣にとって審査の場になっていることは想像に難くない。かつて林高遠も同様の「試練」を課されたことがあった。王楚欽は結果として、続く決勝戦では3番手でも起用され、中国のV10を決する試合を制した。アピールは十分。今後も日本の前に立ちはだかる強壁となるだろう。
張本智和は前代表監督である倉嶋監督の意向もあり、2018年のチームワールドカップあたりからシングルス2点での選出、言うなれば「エース起用」をされてきた。東京五輪をフォーカスし、エースとしての自覚を育てる、という意図だったと記憶しているが、それを経て現在、もう十分にエースとして活躍するに至った。今後の日本、もとい張本たち世代の前に立ちはだかり続けるであろう樊振東(Fan Zhendong/現世界ランキング1位、世界卓球2021チャンピオン)、王楚欽を破ったことは、常勝集団中国を揺るがす衝撃を与えたに違いない。
中国卓球で稀に耳にする「コピー選手」、有力な選手のしぐさやフォームを意図的に似せた練習相手を用意する、というものがある。福原愛や平野美宇のコピー選手、というのは聞いたことがあるが、水谷隼や張本智和、伊藤美誠などのコピーというのは聞いたことがない。おそらく真似をすることも難しい領域なのだろう、張本のバックハンドを習得、再現できる選手はおそらく普通に代表入りできるのではないだろうか。
張本の仕上がりが非常に良かった分、あと1勝が悔やまれる。戸上隼輔の調子は大会を通じてずっと良かったように見受けられた。初戦では対ブラジルにて、エースのカルデラノ(Yugo Calderano)に勝利している。速報で追いかけていた筆者も、ブラジルに3-0のストレートで勝つとは思っていなかった。戸上のプレーで特に驚いたのは、大きなラリーになった時の対応力。チキータでラリーを起こし、前陣で打点の速いバックハンドを繰り出して相手を振り切り得点を重ねるイメージだったのだが、今大会では下がってからも両ハンドが止まらず、攻撃的なプレーを繰り出し続けていた。水谷隼であればロビングや山なりのドライブでしのいだり、張本であれば前陣をキープしブロックで攻勢を続けるような場面を、中陣から鋭いドライブで切り返す姿はまさに圧巻だった。対中国でも勝利が期待できるレベルだったと思う。だけに惜しい。
三番手として出ずっぱりだった及川瑞基。回転のあるボールを安定して打てるため、他2人と比べて迫力こそないかもしれないが、ミスなくプレーが出来るということが団体戦では非常に重要である。中国戦でこそ馬龍というワイルドカードをぶつけられてしまったが、こと団体戦においてはエースシングルス以外の3番手や、(ダブルスが採用されている団体戦形式であれば)ダブルスは試合の結果を左右する重要なポイントになる。大会全体を通じて、職人のごとく打順通りの仕事をしっかり勤めあげた。ロングゲームになっても崩れずに自身の卓球を続けるその精神力は、彼の名に示されるような、まさに日本の「基」と成るような姿だった。
張本、戸上、及川。諸外国から見ればJun MizutaniやKoki Niwaのいないオールジャパンはどのように見えていただろうか。ボル(Timo Boll)とオフチャロフ(Dimitri Ovcharof)が不参加のドイツも同様だが、あちらも決勝まで駒を進めている。ベネディクト・デューダ(Benedict Duda)やダン・チウ(Dan Qiu)などの今まで団体戦形式の世界戦にあまり姿を見せなかった新星の活躍も見られ、層の厚さが伺える。ちなみにその背景には、今大会は成績が世界ランキングに反映されないことも影響があるのではないかと見受けられる。両看板不在で決勝まで進出したドイツだが、中国には0-3と大敗を喫している。地力と選手層こそ証明されたものの、結果としてみれば中国を脅かすライバルとしては、まだ先代エース達の力は不可欠に思えるのではないだろうか。
メンバーが刷新されて中国に大きく迫り、肩に手をかけるところまで遂に到達した今回の男子日本代表。水谷隼、伊藤美誠が成した中国を越えての世界一。今度は団体、個人種目での金メダルを若き新星たちの手で。いち卓球ファンとして、その瞬間を期待せずにはいられない。
今回はここまで、ご覧いただき誠にありがとうございました。ぜひ卓球にご興味を持っていただければ。
Youtubeチャンネルもどうぞよしなに。
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